人生とは切り口を見いだすことである。
すなわち意味を探す旅だ。
間違う事だってある。
それでも自分で物事を切り取り、判断し、進んでいかないと行けない。
人生を振り返るとそこにあるのは独自に切り開いて来た、その跡なんだろうと思う。
恥じず、めげず、果敢に物事を見いだしていきたい。
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大学4年のときに、自分はコミュニティ及びコミュニケーションに関して興味が絶えないことを自覚した。
思い起こせばルーツはある。
幼稚園、小学校、中学校と転校を繰り返した。
物心がまだ未完成な小学校までは、単純に友達が増えれば楽しいと考えていた。
しかし小学校高学年になるにつれて、幼稚園からの繋がりのある周りの友人をうらやましく思うことがあった。そんなこともあって、小学校へ転校してくる人にはまず第一に声をかけようと考えていたし、そう行動していた。
中学校になって転校して、自分の今までの過去を全く知らない人たちにどうやって話しかけるか、溶け込めるのか。ここでは書ききれないほどの心の葛藤と悩みを抱えていたのを覚えている。
端的に振り返れば、こうやって痛みを知ることから相手の気持ちを考える思考が生まれ、交流及び交流行為の大切さを知っていると言えるし、現在の私の切っては切れない思考の根幹をなしている。
思い起こせばルーツはある。
幼稚園、小学校、中学校と転校を繰り返した。
物心がまだ未完成な小学校までは、単純に友達が増えれば楽しいと考えていた。
しかし小学校高学年になるにつれて、幼稚園からの繋がりのある周りの友人をうらやましく思うことがあった。そんなこともあって、小学校へ転校してくる人にはまず第一に声をかけようと考えていたし、そう行動していた。
中学校になって転校して、自分の今までの過去を全く知らない人たちにどうやって話しかけるか、溶け込めるのか。ここでは書ききれないほどの心の葛藤と悩みを抱えていたのを覚えている。
端的に振り返れば、こうやって痛みを知ることから相手の気持ちを考える思考が生まれ、交流及び交流行為の大切さを知っていると言えるし、現在の私の切っては切れない思考の根幹をなしている。
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